稲荷信仰が普及した理由とは
日本には様々な神社がありますが、
最も数が多いのが稲荷神社と言われています。
特に、西日本よりも東日本で稲荷神社が多い傾向にありますが、
稲荷信仰の起源を辿っていくと、京都に辿り着きます。
京都の地方豪族が稲荷山に祀った農耕の神様こそが、
稲荷信仰の起源と言われているのです。
現在、その土地には伏見稲荷大社がある事から見ても、
その起源には間違いが無いと言えるでしょう。
平安時代には、稲荷信仰は仏教と結びつき、
全国各地に広がっていく事となりました。
その他にも、民間の布教者がいた事や、
祭りに乗じた事も、全国各地に広がった理由とされています。
また、稲荷信仰は広がっていく過程の中で、本来の農耕の神様に加えて、商業、産業、工業の神様としても手厚く迎えられるようになったおかげで、農村部だけでなく都市部にも広まっていったとされています。
稲荷神社では狐が神様の使いとされていますが、
江戸時代までは狐が多く出没していました。
その結果、神様の使いとして狐が農作物の出来を見回りに来ていたと
考えられるようになったとされています。
『日本書紀』では倉稲魂命と記され、食物を司る神です。
屋敷神としても知られ、家内安全のご利益でも有名で、
稲荷=狐をイメージする人が多いのですが、これは食物の神
「御食津神」を「三狐神」と表記したことに由来します。
お稲荷さんそのものが狐ではなく、そのお使いが狐なのです。
全国各地に社があります。
神名:宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)